自分と仲直りしないと吃音は治らない

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生まれつき吃音の症状がある人もいれば思春期を境に症状がでる人もいます

私は中学生の時から「自分はなんだかおかしい」 「よくどもってしまう」 「上手く喋れていないと」

自覚するようになりました

特に先輩と話す時はどもりまくってしまい、そして笑われていましい、

自分も一緒になって笑っていましたが 心の中では「何故なんだろう」

という辛い気持ちに駆られていました

とてもじゃなく 「喋れなくて困っている」 「笑わないで欲しい」

なんて言えなかったですしおそらく想ってもいなかったと思います

「吃音という重い病気で障害を持っている」なんて思って欲しくなかったですし、

気を遣われるのも可哀想がられるのも嫌でした

 

今振り返れば

「なんかどもりまくってる変な奴」と思われているのが一番楽だったと考えていたのかもしれません

しかしそれは自ら吃音、どもりの自分を買って出ている

という重大な事実だと気づくのは 何年も後の事でした

 

吃音、どもりを受け入れるとはかけ離れた状態です

当時どもっている自分に甘んじて吃音を拒もうともせず、手を差し出そうともしませんでした

なぜその時自分は周りの人と同じ様にどもる自分自身の事を笑っていたのか?

その理由は今になってとてもよく理解できます

 

次の通りです

「自分は普通に話せるようになりたい」と思っていたが,

「吃音」と周囲から馬鹿にされる事に自分が反発する事で周囲と溝を作りたくないという気持ちが一番強かった

ということです

 

吃音者の性格

私は子供の時から周りとの摩擦を避けようとする性格でした

家庭環境が原因なのか親のしつけ方に影響されているのかハッキリとはわかりませんが、

人と溝を作ってしまう事を極端に恐れていました

自分の意見より誰かと合わす方が楽でした 顔色をすごく気にしていました

やがて人に対して必要以上に気を遣い対人関係がとても疲れる物になってしまい、

一人でいることが 一番楽だと感じる様になっていました

 

吃音になる理由や原因は人それぞれ違うと思います

科学的、医学的な裏付けがまだハッキリと解っていない現代では原因を特定する事は非常に困難です

しかし私の場合はなんとなくですが、

この「人との摩擦を避ける」

という事が自分自身の吃音に 深く関係している気がしてならないのです

 

「人との摩擦を避ける」

 

とはどういう事か? どういう状態なのか?

つまり、 自分の言いたい事を言わないという事です

 

最初は「言えない」じゃなく「言わない」だった?

 

間違いなく吃音は言いたくても言えないのです

どもってしまうのです 中学生のと初めて感じた「言葉が出て来ない」感覚は

吃音という言葉すら知らない自分にとって とても奇妙な物でした

 

言おうとしている言葉は決まっている

みんな自分が話し始めるのを待ってる

なのに何かに邪魔をされて言えない

この何かとは自分自身だったんじゃないかなと思います

 

吃音の犯人

 

考えにくいのですが自分で自分の事を話せない様にしていたんじゃないかと思います

人との摩擦を避けようとする想いが自分自身から

「自由な言論」を奪ってしまったのではないか、

自分が「何を話したいか」という気持ちを粗末にしすぎてしまった事に気づき深く反省しました

 

私の脳の深く、意識の深くに

「人と溝を作るような事を言わなければ誰も悲しまない、誰にも怒られないで済む」

という誤った認識が出来ていたんだと思います

自分自身の本当の声を大切にする事が出来なかった

周りと合わせる事を何より重んじていた自分に

「それは間違っているよ」と

吃音が 私にメッセージを届けていたのかもしれません

 

本当の人間関係

 

摩擦を避ける事ばかり考えていたら本当の信頼関係はできない事に気づきました

 

結局相手の事を考えているようで自分の事しか考えていないからです

本当に相手の事を想い、

考えたら都合の良い言葉だけ出てくるという事はありえません

一時的に相手は不快な想いをするかもしれませんが、

友人からの突き刺さるような言葉があって今の自分があるという経験は誰にでも

あるのではないでしょうか?

表面的に聞こえのいい言葉をかけてくれる人だけが

自分に良くしてくれている人だというのは間違った認識です

そして

「こんな事言ったら相手に嫌われてしまうんではないか」

という心配に思う必要も無いのです

何故なら人間関係においてまず誰よりもまず一番最初に敬うべき相手がいるからです

それは、親でも親友でも恋人でもパートナーでもありません

自分自身です

自分自身を蔑ろにした人間関係などありえないからです

人から認められたいという気持ちは誰にでもありますが本当に相手を想って言う言葉は

長期的には相手の成長に貢献出来るからです

「もっと本音でぶつかり合おう!」という話ではありません

自分を出さなければ相手も自分を出そうとはしません

仮面をかぶったまま健全な関係が育まれるとは考えにくいからです

そして誰よりも、 あなたが自分に対して仮面をかぶるなら

誰があなたの声に耳を傾けてくれるのでしょうか?

自分自身との関係を良くしていく事が出来れば、

自然と人に対しても本当の意味で思いやる事が 出来るのではないかと思います

 

 

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